国分君の着物の似合わなさと、
美輪さんの腹の出方は、
後に回しておいて、
マナカナから。
姉ちゃんマナが、
2,3年後生きているかどうかわからない、
と泣いているシーンで、
それを初めて聞くカナの表情が、
とても面白かった。
まあ、それもおいておいて、
双子、
双子ですか。
前世でまた双子だったなんて、
あるんですね。
江原さんも初めて見たと言っていましたが、
んんん、
まあ、
私は見ることができないので、
あるのでしょうか、江原さんが言うのなら。
よっぽど念の強い双子の魂だったのでしょうね。
この二人、
今回のオーラを見るまでは、
全く興味もなく、
どちらがどちらか、全くわかりませんでしたが、
確かに、番組の後半にも言っていましたが、
前世の話をしはじめてから、
二人が個々の女性に見えてきて、
双子と意識しないように見えてきました。
不思議なものです。
結構人というのは、
こうあらねばならないという、
自分で作った、
もしくは環境によって作られた、
または、
強制された思い込みというのが、
多々あるようです。
こうあらねばならないなんてことは無く、
どう生きるかは自分で決めることですから、
人々の目や期待などは、
どうでも良いわけなのですが、
三つ子の魂百までではありませんが、
子供のころの思考回路というのは、
結構大人になっても生きているものです。
前世の記憶から、
マナが涙を流しだし、
各々を意識し始め理解し始めた時から、
動きも顔つきも変わるのですから、
不思議なものですね。
それが、
本来の自分というわけです。
美輪さんも、
それが自然体だと言っていましたが、
それが、
私が以前からこのブログで言っている、
自然体の重要性のことだったのです。
よく言った美輪と、思いました。
エドはるみにしても、
ベッキーにしても、
無理が顔に出ているんですよ。
言いかえるのであれば、
良く見られたいというオーラでしょうか。
言動が不自然で、
見ていて落ち着かないのですよ。
エビ蔵とか、福山とかも。
本来着飾らないでもいい、
自分の姿を堂々と生きていれば、
それは自然体になるわけです。
要するに、
魂の要求する方向へ、
身体を委ね、
自然と調和するような生き方をすると、
自然体になるわけで、
落ち着く訳です。
しかし、
自分を作って、
嘘で固めていくと、
それが、
わざとか、わざとではないかは別にして、
はたから見ると不自然で、
疲れる訳です。
気がつくと、
本人もとても疲れるわけです。
キムタクなんて、
自然体を演じている、
超不自然な男です。
しかし、
今の世の中の人は、
自然な人か、
不自然な人かを、
見分けることさえできなくなってしまっている。
たとえば、
清志郎。
彼は、
自然体の男ですよ。
しかし、
彼の自然体をきちんと見抜ける人は、
そうはいないわけです。
たとえばベッキー。
彼女の不自然さを見抜ける人も、
そうそういないのです。
善人悪人を言っているのではなく、
ただ単に、
魂に忠実かどうかを言っているだけです。
人によく思われたいとか、
イイカッコしようとか、
そういう思いがあるかないかが、
自然体か不自然かに見られる訳です。
今回のマナカナから私が学んだことは、
やはり不自然さというのは、
不自然なんだなと。
自分で演じている訳ではないのだけれども、
結局は演じていることが多いのだなと。
個々の魂を自分が理解した時から、
新しい生き方が始まるなと、
改めて思いました。
自分の人生、
なぜみんな、
もっと自分を生きないのだろうと、
特に思う毎日です。
一度きりの人生を、
なぜもっと、
自分の道を確かめながら、
人々に貢献する楽しみを見つけながら、
世の中をよくしようと考えながら、
生きないのだろうと。
何も考えずに生きている人間が多すぎる。
きっと次の選挙も民主党が勝って、
自民党と同じことやって、
何も変わらないことを、
世の中のアホは考えようとしない。
少数派こそ、真実だということを知らない。
さてさて、
マナカナは、
カナの方が鼻が広がっているということが、
わかったということで、
銀座のコーナーへ。
一言。
なんだこりゃ。
このコーナーいらねえ。
おもしろくもなんともねえ。
ん?
この番組スピリチュアルトーク番組じゃなかったけ?
ゲストにギャラを払うことを考えれば、
ロケに出させた方が安く済む。
番組側の考え丸見え。
いやー、
国分君があまりにも着物が似合って無くて、
びっくりしました。
帯の色、おかしい。
ちょっと大きいし。
帽子、
似合ってないぜ。
ステッキ、
問題外だぜ。
さて、みなさん、
なぜ似合わないかもうお分かりですか?
魂が、落ち着いていないからです。
着物は、
ふわふわした感情や、
ふわふわした魂では、
絶対に似合わないものなのです。
比べて、
洋服というものは、
下品な欧米人が誰でも似合うもので、
今の日本人は誰でも似合う訳です。
しかし、
この着物が似合う似合わないは、
その人の落ち着きによるものです。
もう少し国分君が落ち着いたら、
きっとその着物も、
板についてきますよ。
もっと、
男はどっしりしなくてはいかん。
美輪さん、
腹出てますなあ。
直視できないっす。
ロケに出たくない理由、わかりますよ。
さて、
問題のコーナーです。
エドはるみと江原さんの食べ歩き。
もう、
残念。
なんだ、こりゃ。
最悪ですよ。
スピリチュアル番組なんじゃないの?
霊性を高める番組なんじゃないの?
まあ、出ている人の霊性が低いから、
仕方ないけど、
でも江原さんは前回も書いたけど、
やっぱりこういうことはするべきではないですよ。
食べ歩きって。
世の中、
どれだけ食糧難で困っている人たちがいるか。
どれだけの人々が、
明日食べられないで息絶え絶えでいられるか。
お隣の近い国でも、
木の根を食べて生きていたりしている。
なぜ、銀座の食べ歩きなんてものを、
この番組ですることがあるのか。
また、
スピリチュアルカウンセラーなんて肩書きを付けている人が、
どうしてこんなことができるのか。
食べ物というのは、
自分がそれをいただくに値する価値がある人間かを考え、
それを作った人々、
太陽、水、土、大自然に感謝して、
そして、
自分の体の栄養の為に感謝していただくものだ。
お前らは、アホか。
そう、ここでついにお前ら呼ばわりですよ。
堪忍袋の緒が切れるという奴です。
もし、
ただの番組で、
江原さんもただのタレントだったら、
それは全然構わないと思うのです。
それがなんですか。
スピリチュアルカウンセラーが、
あんみつはパワーフードだ、だって。
ふう。
御自身の影響力が、
どれだけ絶大かを、
もっとお考えになられた方が、
良いかと思われます。
小豆がパワーフードだと紹介するならまだしも、
あんみつが、、、、だって。
もう、書くのもあほらしくなってきた。
エドについては問題外。
気持ち悪い。
そして、番組はレストランへ。
はい、
美輪さんの自慢話大会の始まり。
どうしても美輪さんは、
マナカナの収録の時もそうだったけど、
自慢話をしたくて仕方無いんだな。
いやー、
年取ってからの自慢話ほど、
聴くに堪えないものはないですね。
そうですね、
そうですね、と、
うんうんとうなずきながら、
嫌な顔をひとつしないで聴いてくれる、
若い男の人が、近くにいてくれるのでしょう。
そういう人にはいいかもしれませんが、
公衆の電波での自慢話は、
聴きたくありません。
そして、ダンスホールへ。
あああああ、
踊っちゃった。
結局、
そういう感じ。
オーラは、もうそろそろ終わった方がいい。
何がスピリチュアルトーク番組なんだか。
深夜の頃はもっとまともだったのに。
江原さんも随分テレビ慣れして、
汚染され、
ボロが出てきた。
困ったものだ。
私は、
国分君も江原さんも好きな分だけ、
なんだか残念だ。
どんどん下衆な番組になってきている。
謙虚に謙虚に。
謙虚に謙虚に。
自然体でね。
もっと、誰の為の番組かを、
考えてほしいです。
江原さんにしても、
美輪さんにしても、
番組製作者にしても。
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