« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月

君がわかっていてくれる

目の前が真っ暗になって、

どうしようもなくなった時、

浮かぶ顔がある。

死んだばあちゃんだったり、

死んだ親友だったり。

そんな時、

俺はいつも、

ひとりじゃないと、

そう、言い聞かせる。

目の前がどうしようもなく、

暗くなり、

動けなくなり、

助けてほしいと願う時、

いつも傍に、

死んだばあちゃんと、

死んだ親友が、

いてくれている気がする。

なんだかんだ言って、

一番わかってくれていたのは、

そんな時浮かぶ人だったりする。

そんな理解者が、

目に見えないと、

悲しい気持ちになったりするが、

魂が傍にいてくれると思うと、

まだ踏ん張ることができる。

生きることは楽じゃない。

生きることは簡単じゃない。

目の前が、

どうしようもなく暗くなるとき、

俺はいつも思い浮かべる。

涙の一つも流れれば、

また、一歩足を出そうと、

そう、

思うようになる。

最近良く、

この曲を聴いています。

http://www.youtube.com/watch?v=xAZ7kuH_cHM

死ぬまで俺も、

もう少し、

がんばろう。

| | トラックバック (0)

名古屋場所・中日が過ぎて

日馬富士は、

そう簡単に横綱にはなれないだろうと思っていたら、

案の定そういう結果になった。

なんだか世間がやたらに騒いでいたが、

相撲がわかっている人だったら、

そんなに騒がなかったはずだ。

やはり、まだ横綱相撲には遠すぎる。

もちろん優勝したら、それは大したものだったが、

そうは簡単にはいかないだろうと思っていた。

場所中にブログを更新しているような力士は、

正直横綱にはなれないだろう。

でも私は大関が好きだから、

応援している。

そしてブログもチェックしていたりする。

有吉のブログもチェックし、

声に出さずに、フフと笑ったりもしている。

まあ、有吉はどうでもよいとして、

白鵬の威風堂々たる姿を見ると、

これは優勝だろうと、初日に思った。

中日を過ぎて、その気持ちに変わりはない。

ただ、琴欧州が思ったよりも活躍している。

昨日の相撲なんて見ていると、

もしかしたら、もしかするかもしれないと思った。

白鵬戦が楽しみである。

アホ青龍と千代大海に関しては、

早く辞めてくれることを願うばかりである。

先日知ったのだが、

「右肩上がり」というしこ名の力士がいるらしい。

本人は、結構気に入っているらしいが、

つけたのが親方の貴闘力だから、

なるほど、頭の悪い名前の訳がよくわかった。

でも、力士本人が気に入っているのであれば、

それでいい。

でも、呼び出しさんは、七文字に、てこずっているらしい。

先日、大和田信也がゲストに来た。

意味がわからない。

相撲とまったく関係ない話をしていたりと、

呼ぶNHKもNHKだが、

出演する大和田も大和田だ。

出るからには相撲だけの話をすればいいのに。

さすがに、ガキの使いで足をグネっただけはある。

アホ潮審判長が、物言いの協議の説明をした時、

この人の頭の悪さと人間のくだらなさが露呈した。

名前は間違えるわ、

誰が勝ったかもわかってないわ、

さすがパイロットシャツを着るだけはある。

今回は行司の木村晃之助のウザさが際立つ。

この行司のせいで、

何番も相撲が失われている。

はやく、辞めてください。

いつも思うのだが、

実況や解説のアナウンサーは、

しゃべりすぎ。

テニスの時もそうだが、

試合中は話さなくて良い。

相撲にしても、

立ち合いが始まったら、

後は何も言わないでほしい。

うるさいから。

だいたい、見ていればわかるのだから、

余計な実況はいらないわけです。

仕切り中も、

カメラは常に土俵を映してほしいわけです。

アナウンサーと解説者の2ショットなど、

別にいらないわけで、

それをどうしても見せたければ、

ワイプで出せばいいわけです。

とにかく、

相撲は土俵を移すべきです。

それと、

ウルトラハイスピードカメラは、

全く無意味なので、必要ありません。

暗くて何が何だかわからないし、

そこまでスローで見る必要が全くない。

そんなこんなで、

名古屋場所も残すところあとわずかなわけです。

土俵がどうしてあんなに滑りやすいのかわかりませんが、

おすもうさんは、

怪我をされないよう、

無事土俵をつとめられるよう、

一番でも良い相撲を取られるよう、

相撲の神様に祈るわけです。

|

巣立ち

高架下のカラスが、

どうやら巣立ったようです。

二羽いたんですけどね。

数日前から、見られなくなりました。

カアカアと親鳥が来ると騒いでいたのですが、

すっかり静かです。

巣立ったことは、

めでたいことです。

自然の中で、

生き抜いてもらいたいものです。

朝、見られなくなったのは、

少し寂しい気分もする、

勝手な人間の欲を自分に感じました。

|

マナカナ・銀座・オーラの泉

国分君の着物の似合わなさと、

美輪さんの腹の出方は、

後に回しておいて、

マナカナから。

姉ちゃんマナが、

2,3年後生きているかどうかわからない、

と泣いているシーンで、

それを初めて聞くカナの表情が、

とても面白かった。

まあ、それもおいておいて、

双子、

双子ですか。

前世でまた双子だったなんて、

あるんですね。

江原さんも初めて見たと言っていましたが、

んんん、

まあ、

私は見ることができないので、

あるのでしょうか、江原さんが言うのなら。

よっぽど念の強い双子の魂だったのでしょうね。

この二人、

今回のオーラを見るまでは、

全く興味もなく、

どちらがどちらか、全くわかりませんでしたが、

確かに、番組の後半にも言っていましたが、

前世の話をしはじめてから、

二人が個々の女性に見えてきて、

双子と意識しないように見えてきました。

不思議なものです。

結構人というのは、

こうあらねばならないという、

自分で作った、

もしくは環境によって作られた、

または、

強制された思い込みというのが、

多々あるようです。

こうあらねばならないなんてことは無く、

どう生きるかは自分で決めることですから、

人々の目や期待などは、

どうでも良いわけなのですが、

三つ子の魂百までではありませんが、

子供のころの思考回路というのは、

結構大人になっても生きているものです。

前世の記憶から、

マナが涙を流しだし、

各々を意識し始め理解し始めた時から、

動きも顔つきも変わるのですから、

不思議なものですね。

それが、

本来の自分というわけです。

美輪さんも、

それが自然体だと言っていましたが、

それが、

私が以前からこのブログで言っている、

自然体の重要性のことだったのです。

よく言った美輪と、思いました。

エドはるみにしても、

ベッキーにしても、

無理が顔に出ているんですよ。

言いかえるのであれば、

良く見られたいというオーラでしょうか。

言動が不自然で、

見ていて落ち着かないのですよ。

エビ蔵とか、福山とかも。

本来着飾らないでもいい、

自分の姿を堂々と生きていれば、

それは自然体になるわけです。

要するに、

魂の要求する方向へ、

身体を委ね、

自然と調和するような生き方をすると、

自然体になるわけで、

落ち着く訳です。

しかし、

自分を作って、

嘘で固めていくと、

それが、

わざとか、わざとではないかは別にして、

はたから見ると不自然で、

疲れる訳です。

気がつくと、

本人もとても疲れるわけです。

キムタクなんて、

自然体を演じている、

超不自然な男です。

しかし、

今の世の中の人は、

自然な人か、

不自然な人かを、

見分けることさえできなくなってしまっている。

たとえば、

清志郎。

彼は、

自然体の男ですよ。

しかし、

彼の自然体をきちんと見抜ける人は、

そうはいないわけです。

たとえばベッキー。

彼女の不自然さを見抜ける人も、

そうそういないのです。

善人悪人を言っているのではなく、

ただ単に、

魂に忠実かどうかを言っているだけです。

人によく思われたいとか、

イイカッコしようとか、

そういう思いがあるかないかが、

自然体か不自然かに見られる訳です。

今回のマナカナから私が学んだことは、

やはり不自然さというのは、

不自然なんだなと。

自分で演じている訳ではないのだけれども、

結局は演じていることが多いのだなと。

個々の魂を自分が理解した時から、

新しい生き方が始まるなと、

改めて思いました。

自分の人生、

なぜみんな、

もっと自分を生きないのだろうと、

特に思う毎日です。

一度きりの人生を、

なぜもっと、

自分の道を確かめながら、

人々に貢献する楽しみを見つけながら、

世の中をよくしようと考えながら、

生きないのだろうと。

何も考えずに生きている人間が多すぎる。

きっと次の選挙も民主党が勝って、

自民党と同じことやって、

何も変わらないことを、

世の中のアホは考えようとしない。

少数派こそ、真実だということを知らない。

さてさて、

マナカナは、

カナの方が鼻が広がっているということが、

わかったということで、

銀座のコーナーへ。

一言。

なんだこりゃ。

このコーナーいらねえ。

おもしろくもなんともねえ。

ん?

この番組スピリチュアルトーク番組じゃなかったけ?

ゲストにギャラを払うことを考えれば、

ロケに出させた方が安く済む。

番組側の考え丸見え。

いやー、

国分君があまりにも着物が似合って無くて、

びっくりしました。

帯の色、おかしい。

ちょっと大きいし。

帽子、

似合ってないぜ。

ステッキ、

問題外だぜ。

さて、みなさん、

なぜ似合わないかもうお分かりですか?

魂が、落ち着いていないからです。

着物は、

ふわふわした感情や、

ふわふわした魂では、

絶対に似合わないものなのです。

比べて、

洋服というものは、

下品な欧米人が誰でも似合うもので、

今の日本人は誰でも似合う訳です。

しかし、

この着物が似合う似合わないは、

その人の落ち着きによるものです。

もう少し国分君が落ち着いたら、

きっとその着物も、

板についてきますよ。

もっと、

男はどっしりしなくてはいかん。

美輪さん、

腹出てますなあ。

直視できないっす。

ロケに出たくない理由、わかりますよ。

さて、

問題のコーナーです。

エドはるみと江原さんの食べ歩き。

もう、

残念。

なんだ、こりゃ。

最悪ですよ。

スピリチュアル番組なんじゃないの?

霊性を高める番組なんじゃないの?

まあ、出ている人の霊性が低いから、

仕方ないけど、

でも江原さんは前回も書いたけど、

やっぱりこういうことはするべきではないですよ。

食べ歩きって。

世の中、

どれだけ食糧難で困っている人たちがいるか。

どれだけの人々が、

明日食べられないで息絶え絶えでいられるか。

お隣の近い国でも、

木の根を食べて生きていたりしている。

なぜ、銀座の食べ歩きなんてものを、

この番組ですることがあるのか。

また、

スピリチュアルカウンセラーなんて肩書きを付けている人が、

どうしてこんなことができるのか。

食べ物というのは、

自分がそれをいただくに値する価値がある人間かを考え、

それを作った人々、

太陽、水、土、大自然に感謝して、

そして、

自分の体の栄養の為に感謝していただくものだ。

お前らは、アホか。

そう、ここでついにお前ら呼ばわりですよ。

堪忍袋の緒が切れるという奴です。

もし、

ただの番組で、

江原さんもただのタレントだったら、

それは全然構わないと思うのです。

それがなんですか。

スピリチュアルカウンセラーが、

あんみつはパワーフードだ、だって。

ふう。

御自身の影響力が、

どれだけ絶大かを、

もっとお考えになられた方が、

良いかと思われます。

小豆がパワーフードだと紹介するならまだしも、

あんみつが、、、、だって。

もう、書くのもあほらしくなってきた。

エドについては問題外。

気持ち悪い。

そして、番組はレストランへ。

はい、

美輪さんの自慢話大会の始まり。

どうしても美輪さんは、

マナカナの収録の時もそうだったけど、

自慢話をしたくて仕方無いんだな。

いやー、

年取ってからの自慢話ほど、

聴くに堪えないものはないですね。

そうですね、

そうですね、と、

うんうんとうなずきながら、

嫌な顔をひとつしないで聴いてくれる、

若い男の人が、近くにいてくれるのでしょう。

そういう人にはいいかもしれませんが、

公衆の電波での自慢話は、

聴きたくありません。

そして、ダンスホールへ。

あああああ、

踊っちゃった。

結局、

そういう感じ。

オーラは、もうそろそろ終わった方がいい。

何がスピリチュアルトーク番組なんだか。

深夜の頃はもっとまともだったのに。

江原さんも随分テレビ慣れして、

汚染され、

ボロが出てきた。

困ったものだ。

私は、

国分君も江原さんも好きな分だけ、

なんだか残念だ。

どんどん下衆な番組になってきている。

謙虚に謙虚に。

謙虚に謙虚に。

自然体でね。

もっと、誰の為の番組かを、

考えてほしいです。

江原さんにしても、

美輪さんにしても、

番組製作者にしても。

|

名古屋場所の客のマナー

悪いね。

本当に悪い。

初日に立会いでも、

「はよ立て!」とか言ったり、

まず、

手拍子をするな。

大体、相撲で手拍子する奴って、

本当に頭おかしいんじゃないかと思う。

邪魔をしないでいただきたい。

相撲は二人でするものだ。

一方だけをあからさまに応援するなど、

本当に外人的発想、

下品な欧米人的発想だ。

相手を敬うとか、

そういう考えが日本人になくなってきたから、

応援まで下品になって、

横綱まで下品になってきた。

憂う、日本を。

とにかく、名古屋の客は、

態度が悪い。

一体、何を考えている人たちなのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

朝青龍、左肘でエルボーって。

三日目の相撲で、

アホ青龍がおかしなかち上げをしていったら、

次の日の新聞に、

「朝青龍エルボー」と出ていた。

エルボーってその前に、

その左の肘、

痛いんじゃねえのかよ。

早く辞めましょう。

|

新幹線の高架下

カラスが巣を作っていて、

子供たちがすげえ叫んでる。

悪者扱いされている彼らだが、

別に彼らに罪などない。

なんだか人間は、

都合がよくて、

気味が悪い。

親鳥が飛んでくると、

すげえ、叫ぶ小鳥たち。

黒い大きな頭が二羽、

いつも巣から見えている。

| | トラックバック (0)

森信三・一日一語

本と事件~というタイトルながら、

全然本を紹介していないことを、

反省しました。

紹介したい本を、

ここでレビューしようと思うと、

その本は扱っていないと言われることが、

多すぎです。

だから離れていましたが、

今回もその口だったのですが、

いい加減、良い本を載せようと。

森信三・一日一語。

41rqp30vcjl__bo2204203200_pisitbsti いつもお世話になっている、

鍼灸院で見つけました。

森先生の言葉は、

今の日本人にとても必要なものだと思います。

森先生は学校の先生ですが、

決して偉そうではなく、

とても謙虚な方です。

真理を説いてくれています。

カレンダーのように、

一日一日に、

短い文章が載っているので、

普段読書をしていない人でも、

一日1Pくらいは、

読めそうです。

この本を読むと、

姿勢を正そうと、

心もシャキッとします。

| | トラックバック (0)

男 斎藤彰俊選手・三沢選手追悼番組

昨夜、三沢選手の追悼番組を見た。

斎藤選手は、男だった。

逃げも隠れもせずに、

真正面から現実を受け止めようと、

必死に頑張っていた。

人は必ず死ぬ。

どんな形であれ、

人は必ず死ぬものだ。

斎藤選手は、

自分でも言っていたが、

天命というものがあるものならば、

なぜ、自分にこういうことが起きたのか、

考えていきたいと言っていた。

そして、

彼は魂の存在を信じ、

社長(三沢選手)は自分を見てくれているだろう、

と言っていた。

事故翌日から、彼は試合に出た。

私は、数日は休むのではないかと思っていた。

もし、自分だったらと考えると、

私に次の日に試合に出る勇気があっただろうか。

遺族のことなど考え、

数日空けたかもしれない。

しかし、斎藤選手は、

全てを受け止める覚悟で出た。

それは素晴らしいことだと思う。

きっと三沢社長は、

「何が起きても、リングには上がれ」と、

言っているだろう。

「何も、お前が負い目を感じることはない。

自由にやれ」

と言っているだろう。

斎藤選手は、

三沢社長だったら、何と言うだろうかを、

しっかり考え、

行動に移していた。

なかなか、できないことを、

きちんと彼はやってのけた。

男だと思う。

とても大きな十字架を背負ったことは、

間違いない。

でも、彼の逃げも隠れもしない姿勢に、

私は感動したし、尊敬した。

三沢選手は、

きっといつまでも斎藤選手を見守ってくれるだろうし、

ノアを見守りつづけることだろう。

それは、間違いないと思う。

斎藤選手のブログも読んだが、

根がまじめな人だということがよくわかる。

三沢選手も生前言っていたが、

プロレスを通して、

人として何かを見つけていってほしいと。

三沢選手が臓器移植などに尽力をつくされたように、

斎藤選手も、きっと、

このプロレスを通してのお役目に気づけることだろう。

私はそれまでプロレスも知らなかったし、

斎藤選手も知らなかったが、

この事実を通して

斎藤選手をこれからも、応援していこうと思った。

追悼番組の中で、

北斗昌が、余計なことを言っていた。

「リングで死ねて、

本望だとか言う人がいるが、

そんなことはない。

きっと家族のもとに帰りたかったはずだ。」

彼女はそう言った。

私はなんて余計なことを言うのだろうと思った。

そんなことは、

当人にしかわからないわけで、

推測で人を否定したり、

感情に任せて、人を非難するのは、

間違っている。

私自身の考えでは、

本望だったろうと思う。

男が、命をかけて戦う場所で、

男が選んだ仕事場で死ねたら、

それは本望以外の何物でもない。

きっと、彼女は女性だから、

女性目線だったのだろう。

そこが、女性が武士にはなれないところなのだ。

母親になれるのは女性だけであるように、

武士になれるのも男だけなのだ。

だから、そこを女性が、

勝手に男の心を、

推測してはいけない。

逆の場合もしかりだ。

悪気はなかったと思うが、

斎藤選手や遺族の気持ちを考えたら、

余計なことは、公に言うべきでない。

人は必ず死ぬ。

どんな人でも死ぬ。

私も死ぬし。

あなたも死ぬ。

斎藤選手ももちろん死ぬ。

だから、

天命を受け、

生きているうちに、

自分が何をしなくてはいけないかを、

若いうちから、悟らなくてはいけない。

十字架を背負った、

斎藤選手を、

これからも応援していきたい。

一度、試合も見に行ってみたい。

| | トラックバック (0)

クソ仕事が出来ない不動産屋

今日、物件を見に、

不動産屋に行った。

クソ仕事出来ない馬鹿やろうに当たった。

まず、物件の中を見たいということで、

奴はカギがないから日にちを変えてほしいと、

一週間前に言ってきた。

しゃあないということで、

今日になった。

奴の店から、

車に乗っけられ案内された。

埼玉のクソ田舎。

年は20代後半だろうか。

後で調べたら家族経営の住宅販売屋。

昔から駅前にある不動産屋だった。

ちなみに代表者の名前はそいつの母親。

家族経営ほど、ダメな店はない。

物件につくなり、

奴はカギが開かないと言い出す。

教えられたパスワードが違うらしい。

俺の知ったこっちゃない。

他の店の物件だから、

その店に連絡してみたらしい。

その店、

本日休日。

結局、

奴の番号パスワード聞き間違えにより、

物件の中見れず。

怒りませんでしたよ、私は。

きちんと謝りもしない馬鹿を連れて、

次の物件へ。

スリッパも出さず、

靴下で上がれと。

どうでしょう、

一発ぶんなぐりましょうか。

帰りに、

「ガソリン入れていいですか?」

だって。

クソ埼玉の、

クソ田舎の、

不動産屋のボンボンよ、

一回死んだら?

もちろん、契約せず。

帰り、一言もしゃべらず。

帰り、店にもよらず、

さっさと自分の車に乗り、

帰ってきましたわ。

ガソリン代、返せよ。

まったく、

どんな社員教育なんだか。

まあ、

20代後半で、

埼玉のクソ田舎で仕事しているようじゃ、

それでもうダメダメなのはわかるが、

あまりの仕事の出来なさに、

びっくりだよ。

本当に、一回死んだほうがいい。

東京の会社だったら、

殺されてるよそんな仕事ぶりだったら。

まったく、一日返せよ。

まあ、

怒らずに帰ってきたけど、

契約するなっていうことだと、

自分に言い聞かせました。

仕事の出来ない奴を見ると、

本当に、

どっと疲れが出る。

親のスネかじって、生きてろよ一生。

男なら、

自分の力で勝負してみろよ。

| | トラックバック (0)

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »