雨
雨が降った。
寒くなった。
一雨ごとに、
寒くなっていく。
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プロフェッショナルつながりで、
さらにもう一つ。
先日の、宮崎監督。
いろんな意味でびっくりした。
ひとつは、
すげえ愚痴の多いおっさん、いやおじいちゃんだなあと思った。
愚痴多いなぁ~と思いながら見ていた。
ず~っと愚痴言ってたな。
もう一つは、
あんなにすごい巨匠なのに、
最後の最後まで、苦しんで、
頭めぐらせて、アイデア振り絞って、
必死になって描いていたことにびっくりした。
正直、
すごい巨匠なのだから、
結構、ちょちょいのちょい的に、描いているものだと、
てっきり思っていた。
アシスタントがほとんど描いていて、
自分はアイデアだけ、口頭で伝えているのだろうと。
それが、どうだ。
めちゃくちゃ悩んで、
必死に鉛筆走らせている。
すごい情熱だった。
もう、おじいちゃんだから、
そんなに一生懸命やっていないと思っていたら、
あのポニョという映画、
すんごい振り絞って描いていたんだな。
なんだか、感動。
おじいちゃん、
良くやったよ!っていう感じ。
おじいちゃん、
がんばったじゃん、っていう感じ。
本当に、あそこまで、
巨匠が苦しみながら描いているとは思わなかった。
そこにびっくり。
あと、
宮崎作品に出てくる女性像、
特に、母親像にろくなやつがいないと思っていたら、
なるほど、
自分の過去に原因があったのですね。
それはわからなかった。
なんだか、あったかい愛情ある女性というよりは、
いつも勝気で、男勝り的な、女性が多いと思っていたのだが、
なるほど、
監督自身の家庭環境に原因があったとは。
納得いきました。
良い悪いは別にして、
作品には、そういうものが
出るものだ。
このプロフェッショナルを見て、
宮崎作品がなんとなく、さらに面白さが増したきがした。
どちらにしても、
あの女子アナの質問には、
嫌気がさしたが、
おじいちゃん、
よく頑張った。
愚痴言いまくりながら、
よく頑張った。
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プロフェッショナルつながりで、
もうひとつ。
これだけは言わせてほしい。
アナウンサーを変えてくれ。
あの住吉といかいう女子アナ、
頭悪すぎなんだよ。
もう、見ていてイライラするし、
とんちんかんな質問ばかりするし、
だいたい、
リアクションがすべて嘘くさい。
もう、頭が悪い奴らしか、
NHKにはいないとあきらめてはいるが、
どうしてあそこまで、NKHのアナウンサーというのは、
馬鹿ばかりなんだ?
話が全部とんちんかんだよ。
質問がすべて、アホな質問ばかり。
もう、やめてくれという感じだ。
先日の小三治さんの時も、
宮崎監督の時も、
頼むからしゃべらないでくれと思っていても、
割り込んでくる。
無駄でアホな愚問を、ここぞとばかりに。
本当に期待を裏切らない、
むかつきかたをしている。
頼む、辞めてくれ。
辞めないでまでも、話さないでくれ。
茂木は茂木でいっつも、
頭悪い話しているし、
脳の研究とか言って、
自分の脳みそもう少し、
ちゃんと見た方がいいよ本当に。
ゲストに失礼だよ。
ああ、プロフェッショナルは、
結構面白い内容が多いだけに、
残念だ。
残念な二人が、待ちかまえている。
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しびれた。
久しぶりにしびれた、内容だった。
小三治さん、
かなりしぶかった。
あのように、芸にまっすぐな人は、
とても好感が持てる。
変に威張っていないし、
偉そうにしていないし。
あのダイジェスト的な番組内の落語でも、
思わず声出して笑ってしまいました。
格が違う。
でも、体悪いんだなあ。
リウマチだって。
私の主治医の鍼灸の先生に、
診てもらえばいいのになあと、思ってしまった。
治るんじゃねえかなあと思ってしまった。
治らないにしても、あの先生にかかったら、
きっと良くなると思うのだが。
辛い、体をひきづって、
妥協なく噺ををするさま、
男でした。
間違いなく、小三治さんは、男ですよ。
チャラチャラした落語家が多い中、
小三治さんのような、本物に触れると、
しびれます。
それに比べて、こぶ平は、
お前はいつまでたってもこぶ平だよ。
今朝テレビつけたら、
泰葉のことで喋っていて、
そこで謎かけをひとつ頼まれて、
言ってはみたが、
どんずべり。
さっさと帰りなさい。
こぶよ。
まあいい、
こぶ平の話などどうでもいいわ。
柳家小三治さん、
いつまでもおからだをお大事にして、
素晴らしい落語を期待しております。
あなたは男だ。
しびれました。
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ぶっとんだ。
まさかこんなテープがあるとは思わなかったし、
このような会議があったことも知らなかった。
私は昔から、
土俵の鬼と言われた、
初代横綱若乃花(二子山理事長)が好きだった。
有無を言わさず、
相撲道を大切にし、突き進んだ人だった。
二子山理事長も、出羽海理事も、
無気力相撲があることを認めている。
そしてその間に金銭のやりとりがあることを、
このテープで認めている。
それは昔からあったことも認めている。
ただ、間違えてはいけないことは、
当時平成3年の時点で、
土俵の鬼と呼ばれた初代若乃花が、
親方衆を集め、関取衆を集め、
「そんな相撲をしていていいと思っているのか!」と、
怒鳴りつけ、
心の底から、
そんな恥ずかしい相撲を取っていていいのかと、
問題を提示し、
このままではいけないから、
皆で協力して、
無気力相撲を撲滅していこうと、
この17年前にすでに、
改革を行おうと言っていることである。
この平成3年の時点で、
金銭のやり取りのある無気力相撲を、
やめなさいと言っている。
心から、
いや、
魂から相撲道を愛した、
初代若乃花が、
なんとかせねば落ちるところまで落ちると思い、
17年前に、撲滅を掲げたのだ。
この会議の後から始まった9月場所初日は、
とんでもなく、良い相撲が続いたのだ。
力士達が、肝に銘じ、
いや、やばいと思い、
ガチで向かったのだろう。
その結果、最高の初日を迎えていた。
当時は若貴ブームというものがあって、
いつも超満員だったが、
この時の場所は本当に良かった。
しかし、二子山理事が退職し、
北の湖政権になってから、
どんどん角界が汚れて行った。
あの時、初代若乃花が危惧していた、
落ちるところまで落ちると言ったことが、
現実に起きてきた。
私が見ていて、
一日の取り組みの8割が注射のように思われる。
手に汗握るなんてものは、
場所を通して、一番あるかないか。
朝青龍を初め、
千代大海にしても、
本当に注射相撲が、多すぎる。
そんなものは見ていればすぐわかる。
そして、外国人力士が多くなってきた頃から、
本当に取り組みが汚れ放題汚れてきた。
やはり、
武士道は、外人にはわかりにくいのが現状だ。
そして、
若い親方衆が、
欲にまみれているのが、
諸悪の根源であろう。
朝潮があれだけ馬鹿だから、
朝青龍もその馬鹿さ加減を引き継いでいる。
親がバカなら、子もバカなのだ。
子に原因というよりは、
やはり親方に原因がある。
17年前の会議で、
二子山理事長は、
親方衆、若い親方衆にもきちんと、
苦言を呈している。
にもかかわらず、
やはり欲に目がくらんだ親方衆は、
当時の理事がほぼ全とっかえした、
新北の湖政権では、
無気力相撲が横行することとなった。
私は、
人情からくる、
無気力相撲は、それなりにあっても良いと思う。
しかし、間違ってはいけないのは、
そこに金銭が絡まないという絶対条件があるということだ。
北の湖は、無気力相撲と八百長は違うというが、
金銭のやり取りがある、無気力相撲を八百長と言うのだ。
そこに金銭のやりとりがなければ、
まだ眼はつむれるのだ。
であるから、
現在の相撲には、八百長が蔓延しているということになる。
そんなことは、見ていればわかる。
そこに武士の情けなんてものはない。
あるのは、
欲だ。
今回の裁判で、どうにもならないだろうと思っていたが、
このテープが出てきたことで、
前回の北の湖の会見は、
ほとんど真実味が無いということになった。
なぜなら、当時その会議に彼は参加していたし、
そんな会議はなかったと証言したが、
テープが出てきたため、
「記憶にございません」としか言えなくなったからだ。
同時に、証言の真実味は消えた。
17年も前から、金銭のやりとりがあったことが、
はっきりとしたのだ。
私は、
男の武士道に、
裁判をいれることなんざ、
男のすることではないと思っている。
板井さんがどのような気持ちで臨んでいるのかは、
わからないが、
またあのフリーライターがどういう気持ちかはわからないが、
本当に相撲を愛していたら、
また武道を愛していたら、
裁判などということはしないだろう。
本当に相撲界を良くしたいのであれば、
「こういうテープがあります。
私たちは真実を知っていますし、
証拠もあります。
どうしますか?」
と、議論を持ちかけ、
相撲協会側と話し合いをもつことのほうが大切だ。
こんな裁判をして、
相撲が汚されるだけでなく、
国技をも汚され、いやなイメージしか残らない。
膿を出すだけ出すために、裁判をしているとは
思えない。
裁判をしたところで、
もし、判決が八百長ありましたと出て、
一体どうするというのだ。
そんなことに白黒つけて、
どうするのだ。
黒だとわかって、
それにかかわった、親方、力士、床山、若い衆、
全員クビにすればそれですむのか。
いや、決して何もかわらないだろう。
注射は減るかもしれないが、
いやな、黒いイメージがこびりついて残るだろう。
そんな武士道に反したことはしないで、
やはり、内密に、
テープや証拠を持ち出して、
相撲協会側と話し合っていくことが大切なはずだ。
確かに相手はやくざかもしれないが、
そこは弁護士をたてて、
カメラも回しながら、
男の約束で、
改善した場合は、このテープは出さないなどして、
こんな国民に恥をさらすような裁判など、
しないほうが良かったと思う。
でも、この裁判のおかげで、
今までの角界がどれだけ腐っていたかもよくわかった。
でも、これ以上の泥沼はもうやめて、
お互いが歩み寄ってほしい。
八百長はあるなんてことは、
世の中みんな知っているのだから、
金銭を絡めた無気力相撲を撲滅しようと、
お互いが協力し合って、
神事である国技を守っていってほしいものだ。
しかしこのテープには衝撃を受けた。
同時に、
土俵の鬼と言われた、
初代横綱若乃花の熱い魂も、
知ることができた。
やはり、
ああいう相撲道を分かっている人が、
上に立たなくてはいけないと思う。
これを機に、
本当に相撲界から、
金銭絡みの無気力相撲、
即ち八百長を撲滅していってほしい。
人情絡みの人情相撲は目をつむって、
本当の、
相撲道を突き進んでいってほしい。
神事なのだから。
国技なのだから。
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はっきり申し上げて、
一体今さら、何を言っているのだという感じです。
そして、
そんなことは裁判でやるようなことではないと思います。
現役力士や相撲関係者が、
「はい、八百長しています」なんてことは、
絶対に言う訳がありません。
どんな証言が出ようともそれは変わりません。
私自身は、
注射相撲はあると思います。
それは取り組みを見ていればわかります。
大体、一日の取り組みを見ていて、
ガチンコは、数番ではないでしょうか。
今の、いい相撲だなと思うものはガチンコですし、
はたき込みや、明らかに取り組みがプログラムされているような、
足の運び手の運びは、
注射だと思っています。
私の視点として、
取り上げなければいけないと思うのは、
「相撲道」を無くした取り組みは、
絶対に許してはいけないということです。
要するに、
八百長と呼ばれるものの多くは、
勝ち星目的の安易な金銭やり取りです。
または、
金銭目的の安易な星の回しあいです。
もしくは、
お互い保険をかけた、星の回しあいです。
これは断じて許すわけにはいけないのですが、
今の相撲界には横行していることと思います。
親方衆が、完全に頭がいかれている人が多くなり、
欲にまみれ、
本来の武士道を失ってきたせいだと思います。
先代の若乃花親方がいたときなどは、
そういう相撲道に反した生き方は、
恥とされてきました。
しかし、古い親方がいなくなるにつれて、
星の回しあいが、
「何が悪い?」的な考えになってきてしまいました。
私は、
人情相撲はあって良いと思います。
たとえば、
相手があと一番で負け越してしまう。
その相手が、けがをしてしまっている。
自分はもう、すでに勝ち越している。
そういうときには、
何も言わず、
力を加減することは悪いことではないと思います。
それが、
情けを持った、武士だと思うからです。
決して相手にもそのことは言わない。
相手も、何も言わず、感謝の意を抱き続ける。
暗黙の了解といいますか、
男同士の友情といいますか、
力士同士の、情のやりとりではないでしょうか。
しかし、今は、
当たり前に金銭のやりとりが行われる。
また、自分の欲のために、
星のやり取りをする。
これは、武士道ではありません。
恥ずべき行為です。
平成13年、
横綱貴乃花関の鬼の形相の相撲。
あの相撲には震えあがりました。
まさにガチンコですよ。
この一番に命をかけているというか、
この一番で足が壊れてもいいというような、
そういう命がけの相撲。
ああいうのが、武士です。
そして、
情を持つのも武士。
何も言わずに力の加減をするのも、
武士だと思います。
武士道、
相撲道は、
道ですよ。
人の生きる道なのですよ。
そこには、相手を思いやる心や、
謙虚さがある。
今は、そういう力士がいなくなってしまった。
そういう、親方が少なくなってしまった。
この八百長なんていうくだらない問題を、
裁判でしたところでどうするのでしょうか。
もしやるのなら、
徹底的な膿出しをして、
相撲協会を解体するくらいのことが必要になります。
完全に解体して、
第三者委員を作り、
部外者をたくさん入れて、
金銭のやりとりは絶対に禁止、
懲罰規定を設けるなどをしていけば、
この裁判も意味をなすでしょう。
そこまでいければ、
人情相撲だけで終えることもできるでしょう。
しかし、
この裁判でそこまでいけるとは思いません。
結局のところ、
八百長があったのかなかったのか的な、
くだらない幼稚園的なやりとりで終わるのが、
目に見えています。
神事ですから。
人が裁かなくても、
天は見ているわけですよ。
天の掌で相撲を取っているのですから、
すべてご照覧の上の話ですよ。
そこで、ずるをしようが何をしようが、
すべてはその人に還ってくるだけ。
貴乃花親方のように、
徹底的に相撲道に突き進む人もいれば、
欲に負ける人々もいる。
それもすべて、
神様ご照覧の元の話です。
ですから、
くだらないことに、
人が裁きを入れるのはやめましょうよ。
私はそう思います。
でも、
この裁判の行く末は見守りたいと思います。
そして、
それでも私は相撲を見続けますし、
1月場所の両国にも足を運ぶでしょう。
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先日はお客さんと会う約束までの間の
走り書きだったもので、
少し詳しくいくつかの記事を。
握手会なるものを一階でしていた。
私はサインをもらうために、その場に行った。
そこには、知的障害児の男の子が、
千代白鵬関と写真を撮ってもらっていた。
その男の子は興奮して、
すごい嬉しそうな顔していた。
その時の千代白鵬関の顔といったら、
満面の笑みだった。
本当に、優しい顔で、
何度も何度も、その子の頭を撫でてあげていた。
その子が写真を撮り終わって、
隣の関取りのところに行っても、
千代白鵬関は、
にこにこその子を見ていた。
なんだかそこに、
千代白鵬関の人柄が伺えた。
とても優しそうな人だった。
心が優しい人だった。
私もサインをしてもらったのだが、
私はこの日のために真っ白なTシャツを着てきた。
そして何人かの関取にサインをしてもらっていたのだが、
千代白鵬関は、
「おれ、真ん中に書いちゃおう」
とか言って、優しく書いてくれました。
とても心の優しい関取でした。
垣添関は、私の大好きな力士です。
人情のある力士です。
相撲姿勢が、相手を思い遣る心に
溢れています。
相手をダメ押しすることなど絶対にしません。
倒れそうになっても、
ササッと、手を差し出します。
男です。
握手会でサインをしてもらった時のことです。
「いつも相撲姿勢が好きです」
そう言うと、肩に小さくサインしてくれたあとに、
「握手は?」
と関取から言ってくれました。
ごっつい手でした。
優しい顔でした。
私と確かあまり歳が変わりません。
30過ぎて関取をしている垣添関を、
ずっと応援したいです。
そして、熊谷巡業でどうしても気になったことは、
「客のマナーが悪すぎる!」ということです。
まあ、巡業ですから、
力士に触りたいのもわかりますし、
サインをほしいのもわかります。
しかし、
今から取組があるというのに、
花道で力士を囲んでサイン攻めにしたりするのは、
いかがなものかと。
やはり、席について、
そこから写真を撮るならまだしも、
花道の力士をとっつかまえて、取り組み前に写真を撮るのは、
いけないことです。
だから高見盛なんて、ダッシュで花道逃げてきましたよ。
やはり、熊谷巡業スタッフが、
もうちょっと配慮しないといけなかったと思います。
花道にはロープを張るとか、
席に座らせるとか。
握手会では力士と写真を撮ってもいいけど、
取組前は、良くないと思います。
礼儀として。
それにしても、
私は面白かったです。
垣添関にも会えましたし、
千代白鵬関の優しさも見れましたし、
相撲甚句も感動しました。
たまには、いいものですね、
リフレッシュというのも。
相撲は、日本の文化として、
きちんと伝えていってもらいたいものです。
神事として、伝えていってもらいたいです。
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今日は17年ぶりという熊谷巡業の日だった。
どうしようか迷った。
両国なら近いが、熊谷。
ツレが行きたいと言うので、
行くことにした。
朝、超早く起きた。
5時。
朝日というものを久しぶりに見た。
もう何年も見ていなかったので、
思わず手を合わせた。
車が空いていて、
思ったよりも早く着いた。
開演ぴったしに入れた。
サインはどうしようかということになり、
「Tシャツにしてもらえ」というツレの提案により、
真っ白なTシャツを着て行った。
いきなり、北桜関。
ファンに優しいと聞いていたが、
サインをしてくれた。
続いて、十両のよくわからない力士。
そんなおのぼりさん的状況が続き、
2階席正面のかなり良い席に陣取った。
握手会なるものを1階でしている。
のぞきにいったら、
なんと!
垣添関がいらっしゃるではないか!!
これは!!!と思い、
列に並ぶ。
垣添関、
あなたはなんて紳士なんだ。
なんていい人なんだ。
サインもしてくれた。
しかもそのサインの場所がいい。
右肩に小さく。
他の力士のことも思って、小さく書いてくれたのだろう。
なんて謙虚な人なんだ。
「相撲姿勢が好きです」と言ったら、
「握手は?」と、関取から言ってくれた。
ごっつい手。
超かてえ。
垣添関、あなたはなんて優しい人なんだ。
そんな余韻に浸りつつ、
サイン集めに目を凝らす。
ここが、物質的価値観に縛られている情けないところ。
でも人生の思い出だ。
たまにはいいだろと思いつつ、
力士を探す。
何人かの力士にサインをしてもらい、
私とすれ違う人たちが、
「いいなあ」と言いながら私のTシャツを見ている。
フフフと含み笑いを持ちつつ、
地ビールを飲みまくる。
ここで安馬関登場。
なんとしてもゲットしなくては思ったのだが、
立ち入り禁止区域。
声をかけようかと思ったが、
ちょっと、恥ずかしかった、
そういうところ、
男らしくない、俺。
まあいい。
大好きな垣添さんにもらったから、なんて思いつつ、
また握手会の場所へ。
今度はそこへ、豊響。
こいつが、なんてできていない奴!
超めんどくさすぎオーラが出まくり。
愛想なんて微塵もない。
最悪。
こんなふてぶてしいやつのサインなんているか!と思い、
こちらから願い下げ。
北勝力関。
無愛想に片手でちょちょっと。
「なんだよ」なんて思いつつ、
玉乃島関。
あんまり相撲は好きではなかったが、
にこにこしていて、すげえいい人。
そして千代白鵬関。
この人超いい人。
にこにこしてて、
ダウン症かな、その子にもすげえ優しくしてて、
「あんた、人間できてるぜ」と思いながら、
Tシャツの背中にサイン。
「真中に書いちゃお」とか言って、
気さくに書いてくれた。
いい人だ。
バルト。
横文字。
横文字でサインかい!と思ったが、
まあいい。しかもなぜか正面にサイン。
そんなわけでサインの時間は終わりと、自分に決め、
取組に集中。
ぶつかり稽古は面白かった。
やっぱり強い力士は、ずっと練習している。
土俵の下でもずっと体を鍛えている。
安馬関なんて、もう、ずっと腕立て。
感心するわ~。
相撲甚句がスタート。
私は初めて聞きましたよ。
感動。
思わず、涙ぐんでしまった。
カメさんと鶴さんの歌。
カメさんに思いを寄せる鶴へ、
カメが断る。
鶴は千年、亀は万年と言いますから、
あなたが亡くなった後、
九千年も一人でいるのは悲しいからと。
思わず涙ぐむ、30代のおっさん一人。
そこで、横綱の綱締め実演。
欲綱朝青龍が休場のため、お詫びで実演だって。
白鵬はいつだって、朝青龍の尻ぬぐい。
そして取組。
ああ、面白かった。
満足。
相撲はやはり、2階席正面がいい。
帰ってきて、仕事。
二人のお客さんに会う予定。
まだ、来ていない。
おかげでこの記事を書けました。
日本人の文化。
面白かったです。
垣添関、最高!!
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なぜノーベル賞を取ったくらいで、
国からお金が出るのか。
金メダルも同じことだ。
確かに、ノーベル賞を取ることは、
めちゃくちゃ大変なことだ。
でも別に偉いわけではない。
その研究が世の中に有益だったとしても、
実際にそれが本当に有益かどうかなど、
まったくわからないはずだ。
物質的価値観にたてば、
それは有益だろう。
その研究のおかげで新しい製品もできるだろう、
新しい治療法なども生まれるかもしれない。
でも、
それはあくまで物質主義的な考えだ。
研究者なんてものは、
好きだからやっているのだ。
趣味みたいなもの。
金メダルだってそうではないか。
好きだからやっているんでしょ?
自分が好きだから、勝手にやっているはずだ。
その結果として、成果が出た場合には
賞が与えられているだけにすぎない。
別に偉いわけでもなんでもない。
私が言いたいことは、
世の中には、もっと偉い人など五万といるということだ。
道のゴミを拾っている人の方がずっと偉い。
老人施設でボランティアしている人の方がずっと偉い。
目には見えない善行ほど、偉大なのだ。
にも関わらず、
テレビをつければ、
やれノーベル賞だ、
やれ金メダルだ。
だからどうした。
そんなことに使う税金があるのなら、
寄付しろ。
あげたいのであれば、
ポケットマネーで出してくれ。税金を使うな。
研究職の人は、
大きくが非常に欲が深い。
特に理系大学の教授なんていうものは、
血眼になって賞をうかがっている。
なさけない。
人として、本当にすばらしいことは、
生きていることに感謝し、
人々の役に立てるよう、
人々のために生きることだ。
苦しんでいる人がいたら、手を差し伸べ、
泣いている人がいたら、声をかけ、
貧しき者には、富を分け与え、
そういう生き方のはずだ。
昔の日本人は、情にあつかった。
だから金の使い方も、
活き金を使っていた。
そういう考えが本当のことなのだ。
みんな本当のことを何も知らない。
大多数に踊らされ、価値基準を見失っている。
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1929年の10月24日だった。
あれから79年。
なんだか嫌な予感。
もうすぐ24日。
この株価の下がり具合で、世の中みんな慌てている。
しかし、そもそも一般庶民においては、
株式投資なんぞをして金を儲けようなんていうこんたんが、
そもそも同情の余地なし。
株式投資なんざ、素人ができるものじゃない。
もともと株式というのは、
その会社が資金を調達するにあたって、
会社の理念などを掲げ、
株式公開し、
その理念に賛同できる人間たちが、
ボランティア的感覚で始めるものだ。
そこに設けてやろうなんざ気持はないのだ。
その会社や社長に賛同し、
その会社が地域社会に有益になるように祈り、
資金を援助することが株だ。
だから会社は、その株主さんに対して、
感謝の気持ちをこめて配当を出す。
そういう人情味あるもののはずだ。
それがライブドア事件などのように、
マネーゲームが主体になってしまっている。
であるから、
自己責任。
何も同情なんていたしません。
自分が株で儲けようなんざ考えを持っていること自体が、
恥ずかしい。
汗水たらして、
血のにじむような努力して、
人に頭下げて、
そこで得られた正当報酬こそ、
お金のだいご味だ。
そんなあぶく銭に一喜一憂して、
馬鹿みたい。
生命保険会社も、
資金運用は、株式運用だから、
そんなリスクのある仕事しているのだから、
倒産したってしょうがない。
また、保険で身を守ろうなんていう甘い考えがあるから、
保険会社がつぶれて怒ったりする。
怒ることではありませんよ。
そんなリスク当たり前ですよ。
みんな、自分のことしか考えていない。
株価が下がって、自分の金のことしか考えていない。
ただ、会社がつぶれて、
職を失う人がたくさん出てきたとしたら、
それは大変なことだ。
まあ、会社なんていうものは、
不変なものではないから、
いつかは潰れるものだろうが、
失業者がたくさんでるような事態だけは、
避けたいものだ。
でも、これも、
世界が物的価値観、
お金優先にしてきたカルマが還ってきたにすぎない。
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全然、爆笑できなかった。
前回のスペシャル。
爆笑どころか、笑い声すらでなかった。
ビデオで録画して正解。
つまらないのはバンバン飛ばしてみていたら、
あっという間に終わってしまった。
全然面白くもなんともない。
大体、審査員のコメントとか、全然いらない。
ネタ中に、タレントの顔を抜かなくて結構。
ネタが切れてしまうではないか。
あらびき団の方が、百倍面白い。
あらびき団はすでに、粗挽きと名打っているから、
そういう気持ちで見れるし、
つまらなくて結構として見れる。
だから、あまりのくだらなさに笑ってしまう。
しかし、ゴールデンで爆笑という名を付けた、
ネタ番組で爆笑など、絶対に出来ない。
おもしろくもなんともない。
爆笑レッドカーペットで笑っている人というのは、
一体何に笑っているのだろう。
理解できない。
ごくたまに、ニヤっと笑ってしまう程度だ。
だいたい、あの短い時間でネタということに、
限界を感じる。
結局のところ、顔芸とか、
ギャグとか、インパクト勝負で終わってしまう。
コント的な笑いは、もう少し見たいというところで、
終わってしまう。
だから、結局お笑い番組として成立していない。
U字工事、
バカリズム、
はんにゃ、
もう中学生など、
たまにニヤっとさせてもらうが、
他は、なんだかぱっとしない。
お笑い番組が、最近本当につまらない。
笑いのレベルが停滞し、
そこで停滞している連中が、内輪ウケしている感じ。
また審査員がいるお笑い番組など、本当のお笑い番組ではない。
なぜ、お前らに審査されなくてはいけないのだ、
また明らかに後ろで金が動いているのもあれば、
番宣のためだけに来ていたり、
大御所のご機嫌取りみたいな番組だったりと、
極め付けには気持ちの悪い素人を集めたNHKオンエアバトル。
NHKにお笑い見に行こうという根性がすでに気持ち悪い。
そんなとき、
だらーっとしたモヤモヤさま~ずを、
何も考えないで見ていると、
なぜだか落ち着く。
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お前が辞めようと、
辞めるのをやめようと、
どちらでもいい、
もう、お前に居場所などない。
柔道というのは、柔の道だ。
道というのは、
一生かかってもたどり着けないものだ。
一生かかって修行し、
そして死んだあとも歩み続けるのが道だ。
剣の道、剣道にしても、
弓の道、弓道にしても、
武士の道、武士道にしても、
道という道は、
一生をかけて、人生をかけて歩むものだ。
お前みたいなへなちょこが、
柔道をやっているだとか、
柔道最高だとか、
百億年早いわ。
柔道を踏み台にするなどと発言しているお前に、
もう居場所などない。
ただの田舎坊主大学生よ、
せいぜい頑張れ。
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こないだのめちゃイケ、
おもろかったわ。
松岡修造の熱さが良かったね。
ぶっとんでますからね、その辺り。
しかし岡村君は、運動神経抜群ですね。
なんでもできちゃうんだな。
たった2週間でとてもうまくなっていた。
ああいう一生懸命な姿には心打たれますね。
松岡修造も、
一心不乱の熱さっていうのは、伝わってきますよ。
ただ、
単細胞が故に、子供っぽさは否めない。
でも、別に馬鹿なわけではないから、
ああいう一生懸命に熱く頑張っている人というのは、
見ていて良いものですよ。
松岡修造に足りないものは、
大人になるということであって、
魂の成長ということであって、
もうすでに情熱は十分にあるのだから、
これからはもっと、
自分だけ、もしくは自分の国だけ、
もしくは自分の仲間だけ、
もしくは自分の好きなものだけに熱くなるのではなく、
心を落ち着かせ、
落ち着いた動作で、
落ち着いた心で、
世の人々を助けるような活動をしていってほしい。
彼には人にはない、情熱を持っているのだから、
それを内側に使うのではなく、
落ち着いた魂で外側に情熱を出し、
落ち着いて、安らかな心で、
人々を導いていってもらいたい。
彼に必要なものは、
魂の落ち着きです。
ただ、今回のスペシャルで完全に不必要だったくだり、
加藤と嫁のくだり。
スーパーつまらない。
気持ちが悪い。
ああいうネタは本当に勘弁してほしい。
見ていて、虫唾が走る。
杉山愛は結婚していないし、子供もいないのだから、
その人の前で、家庭や子供の話をするのは、
配慮に欠ける。
しかもつまらない。
この加藤のくだりだけ、
本当に必要なかった。
まあ、そんな訳で裏番組はオーラの泉。
どちらを録画にしようかと思ったところ、
めちゃイケを録画して、ゆっくり見て正解だった。
裏が、つまらなすぎたから。
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覚せい剤で逮捕。
この人、
いろいろあるなあ。
新加勢大周だったり、逮捕だったり。
普通、あんまりそういうことないからね。
問題は、そこではありません。
加勢大周逮捕により、「キッパリ!!」が打ち切りになったこと。
いやー、奥山佳恵、
この人も本当についてない人だなあ。
奥山佳恵と言えば、今から15年くらい前に売れたが、
そのあと、さっぱりで、
完全に消えちまったなあと思っていたところ、
突然キッパリ!!という昼ドラで主役。
生きてたんだ~、と思い、
相変わらずの演技の下手さに脱帽だったが、
それでもよくぞ戻ってきた感があった。
そんな束の間、
加勢大周逮捕により番組打ち切り。
本当に付いていない女優ですよ。
そういう星まわりなんだろうな。
こうやって事件起こすと、
みんなに迷惑かけるんだよな。
まったく、
情けないものだ。
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CMで、
石井が、
「サムライは、絶対に負けない」だと。
アホ石井よ。
本当の侍は、
自分のことをサムライとは呼ばない。
ましてや、
柔道最高などと言わない。
アホ石井よ、
お前は、
日本柔道を汚し続けている。
品を落としている。
この小僧を顔に使っている、
柔道協会も、アホばかりということがよくわかる。
本当の柔の道は、
決して強がらない、
いつも謙虚に、
相手をたてる。
お前はサムライとはほど遠い、
亀田一族と名乗れ。
朝青龍と一緒にサッカーでもしてなさい。
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先日具合悪くなり、
サウナでなんとかなったが、
マッサージで最悪な結果になった、
次の日、
大事な仕事を、
気合いで乗り切り、
ふらふらしながら、
先生の所へ行った。
1時間半後、
なんだよ、
超元気になっちまった。
生き返るとはこのこと。
一体どういうことなのだろう。
鍼灸のすごさ、
恐るべし。
恐るべし、この先生。
もっと、体に気をつけるようにと、
釘をさされました。
確かに少し、無理をしすぎていた感は否めない。
わかりましたと、先生と少し話して、
帰ってきた。
なんだか今は、すごい体調が良い。
感謝してもしたりない。
人の体を治す仕事というのは、
これは尊いものだなとつくづく思った1日だった。
キンモクセイに香りが心地よかった。
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安馬関は、自ら描いた油絵を、
オークションにかけ、
それを心臓病で苦しむ人々へ寄付しているという。
男だねえ。
日本人力士は、安馬関を見習わなくてはいけない。
彼こそ、力士ですよ。
その強さこそ力士ですよ。
ますます好きになりました。
安馬関。
大関目の前、
頑張ってください。
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なにはともあれ、
ヨシキが呉服問屋の長男だったということが、
一番驚いた。
そうだったんだ~(笑)と、思わず笑ってしまった。
協会側も傲慢なら、
ヨシキも傲慢。
どっちもどっち。
力を持つと、人は周りが見えなくなる。
それが露骨に出た、場面。
世の中謙虚になりなさいという、
教訓をくれた一面だった。
私の大嫌いな島田紳助の番組で、
ヨシキが出ていて、
1億2000万というペンダントをしていることに、
ゲストも紳助も目を丸くして、
みんなですげえすげえと持ち上げた。
モノに対する、
醜い人間の価値観。
モノはモノです。
どんなに頑張ってもモノはモノです。
1億2000万のダイヤのペンダントも、
鼻くそでできたペンダントも一緒だ。
同じもの。
同じ価値。
それにみんな気付かない。
それをみんな知らない。
物欲にまみれ、
物的価値観に生き、
金持ちが偉いと思い、
金品財宝に群がる人間。
ヘドが出る。
何が大切なことか、
何も分かっていない。
墓場にモノなど持って行けない。
そんなものは何も意味をなさない。
どれだけ、人のために生き、
人を助け、
施す生き方が素晴らしいかみんな知らない。
そんな1憶2000万も金があるなら、
寄付しろ。
それで、どれだけの人が助かると思っているのだ。
それを持ち上げる人々。
薄汚い。
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しびれた。
ひさしぶりに完全にしびれた。
目頭が熱くなるくらい、
しびれた。
「来世、生まれ変わったら同じチームでホームラン競争をやろう」。
こういう言葉を、一体世の中のどれだけの人が言えるだろう。
お疲れ様でもなく、御苦労さまでもなく、
相手の実力を認め、敬意を示し、
「来世、生まれ変わったら同じチームでホームラン競争をやろう」
ですって。
いやあ、本当に、王監督は男の中の男ですわ。
生まれ変わっても、お互い野球をやって、
しかも同じチームで、
しかもお互いホームラン競争だなんて、
最高の贈り言葉ですよ。
普通の人は言えないです。
神様的存在の王監督だからこその言葉ですよ。
しびれました。
でも、なんだかやたらにニュースでは、
男 清原って騒いでいますが、
本当に彼が男かどうかは疑問です。
もし本当に男だったら、
ずっと西武にいるべきだったし、
巨人ではなく、阪神に行くべきだったし、
ピアスなどあけやしないし、
日焼けサロンには行かないだろうし、
格闘技ヌル山のセコンドなどつかないだろう。
カリスマ性を持っているし、
人気者であることは間違いない。
しかし番長などと呼ばれ、
ふんぞり返って、とんぼをバックに出てくるような人は、
本当の男ではないだろう。
強いが強さを外に出さず、
いつも謙虚に頭を垂れる人の方が、
本当に強い男だ。
まあ、しかし世間一般的には、
男 清原と言うだろうし、
大多数派の人はそれで満足するし、
一緒にとんぼ歌って泣けたりするのだろう。
昨日のスポーツニュースで、
みんな感動した感動したって言って、
泣いていっしょにとんぼ歌いましたって言うけど、
それ本当?って思います。
王監督の言葉には死ぬほどしびれ、感動しましたが、
別にあの引退セレモニーは、感動する要素がどこにあるのだろう。
金本との男の友情は感動を呼ぶかもしれないが、
それは別に人前でやらなくても良いことだし、
セレモニーはあくまでセレモニー、
なんだかshow的な感じがして、
しかも長渕出てきて、歌っちゃうんだもん。
そりゃ、ファンの人はいいですけど、
それをスポーツニュースでガンガン流されても、
別になんとも思わないどころか、
え?まじで?そんなことやって恥ずかしくないのかなと思うし、
それよりも、
潔くセレモニー的なことなどしないで、スパっとやめた方が、
ずっと男の花道だろう。
いや、本人がやりたいならやっても良いと思う。
ただ、普通の試合後の話で、
それをニュースで放送するのは、
どうなんでしょうか。
なんだか世の中、
みんなああいうのが好きなんだ。
それが大多数派なんだ。
子供じみた演出、
一緒に歌っちゃう、
スポットライト、
世の中そんなものなんだ。
そういう人が大多数だからね。
みんな、そういうことで感動しちゃうんだから、
いいよね。
もっともっと、
シンプルな生き方の方が、ずっと感動を呼ぶんだがな。
王監督との言葉だけを流した方が、
ずっと良い引退試合のように思われる。
が、そういう考えの人は少ないものだ。
引退。
感動。
自己陶酔。
でも、
大好きな選手が引退するっていう瞬間は、
ファンなら誰でも切なくなるものだ。
その感動は、
誰でも同じなのだろう。
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